終活・相続の羅針盤

自筆証書遺言の形式不備で無効に? 内容の解釈でも対立

事例の概要

  • 被相続人:母親(鈴木 花子さん・仮名)
  • 相 続 人:長男(太郎さん)、次男(次郎さん)の計2名
  • 主な遺産:母親名義の自宅不動産、預貯金
  • 遺 言 書:母親が書いたと思われる自筆証書遺言が発見された
  • トラブルの内容:発見された遺言書に日付の記載がなく、形式不備の可能性が浮上。さらに、遺言内容の解釈を巡っても兄弟間で意見が対立した。

事案の経緯:発見された遺言書

鈴木花子さんが亡くなり、長男の太郎さんと次男の次郎さんが遺品整理をしていたところ、花子さんの机の引き出しから封筒に入った手書きのメモが見つかりました。中には「遺言書」と題された書類があり、以下のような内容が書かれていました。

「私の財産(家と預金すべて)は、長男の太郎に任せます。
次郎には、生前に学費を出してあげたので、それで納得してください。

鈴木花子 (認印)」

太郎さんは、「母さんの意思が分かってよかった。これで家は俺が相続できるな」と考えました。しかし、よく見ると、その遺言書には作成された日付が書かれていませんでした。

対立のポイントと主張

遺言書の存在を知った次郎さんは、内容に不満を持ちました。特に、日付がないことを指摘し、以下のように主張しました。

次男 次郎さん 「この遺言書には日付がないじゃないか。自筆証書遺言は日付が必須のはずだ。これは法的に無効だと思う。それに『任せる』という書き方も曖昧だ。財産は法律通り、兄さんと僕で半分ずつ分けるべきだ。」

一方、長男の太郎さんは反論します。

長男 太郎さん 「日付がないのはうっかりかもしれないが、母さんの字で、母さんの意思が書かれているのは明らかだ。『任せる』というのは、俺に相続させるという意味に決まっている。生前の母さんの気持ちを尊重すべきだ。」

太郎さんは母親の意思を、次郎さんは法律上の形式と権利を主張し、兄弟の関係は険悪になっていきました。

法的な問題点:遺言書の有効性

このケースでは、主に以下の法的問題点が考えられます。

  • 自筆証書遺言の形式要件:民法では、自筆証書遺言は「遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない」と厳格に定められています。日付の記載は必須要件であり、日付がない遺言書は原則として無効となります。「○年○月吉日」のような特定できない日付も無効とされる可能性が高いです。
  • 遺言能力:遺言書作成時に、遺言者に十分な判断能力があったかどうかも争点になることがあります(今回は触れません)。
  • 遺言の解釈:仮に形式が有効だとしても、「任せる」という表現が法的に「相続させる」または「遺贈する」という意味と解釈できるか、という問題があります。遺言者の真意を探る必要があり、争いになりやすい点です。
  • 検認手続き:自宅等で発見された自筆証書遺言は、家庭裁判所での「検認」手続きが必要です。ただし、検認は遺言書の形式や状態を確認する手続きであり、遺言の有効・無効を判断するものではありません。→ 検認について

交渉の経過と解決策

兄弟は、家庭裁判所に遺言書の検認を申し立てました。検認の手続き自体は行われましたが、裁判所から日付がない形式不備について指摘を受けました。

その後、兄弟はそれぞれ弁護士に相談。双方の弁護士は、日付がない点で遺言書が無効と判断される可能性が極めて高いこと、仮に有効だとしても「任せる」の解釈を巡って裁判で争うことになれば、時間も費用もかかり、兄弟間の溝がさらに深まることを説明しました。

最終的に、太郎さんも遺言書の有効性に固執することを諦め、遺言書はないものとして、法律に基づき遺産分割協議を行うことで次郎さんと合意しました。

結果として、法定相続分(各1/2)をベースに、太郎さんが母親と同居していたことなどを若干考慮し、太郎さんが実家不動産を相続する代わりに次郎さんに代償金を支払う形で決着しました。

→ 遺産分割協議について

この事例から学べる教訓

  • 遺言書は「形式」が命!

    特に自筆証書遺言は、法律で定められた形式(全文自書、日付、氏名、押印)を一つでも欠くと無効になってしまいます。せっかくの想いを無駄にしないためにも、形式を厳守することが絶対条件です。→ 遺言書の種類と書き方

  • 明確な言葉で意思を示す

    「任せる」「よろしく頼む」といった曖昧な表現は避け、「相続させる」「遺贈する」など、法的に意味の明確な言葉を使い、誰にどの財産をどうするのか具体的に記載しましょう。

  • 公正証書遺言または法務局保管制度の活用を検討

    形式不備や解釈の争いを避けるためには、費用はかかりますが、公証人が作成に関与する「公正証書遺言」が最も確実です。自筆証書遺言を選ぶ場合でも、法務局の保管制度を利用すれば、形式チェック(日付・署名等の基本的な点)を受けられ、検認も不要になるため安心です。

  • 不備のある遺言書が見つかったら専門家に相談

    形式が怪しい、内容が曖昧な遺言書が見つかった場合、自己判断で有効・無効を決めつけたり、相続手続きを進めたりせず、速やかに弁護士などの専門家に相談し、法的なアドバイスを受けましょう。→ 弁護士について

※ この事例は、一般的な相続トラブルのパターンを分かりやすく説明するために作成した架空のものです。実際の事案とは異なります。